久宝物語

久宝金属は 私の父が戦争から帰ってきて作り上げた町工場です。父は18歳から28歳までの10年間も戦争に従事していました。それもほとんどの人が戻ってくる事ができなかった過酷な最前線です。

幸い戻ってきましたが、そんな訳でもちろん無一文です。それに「ものづくり」を学んだ事もありません。ちょうど今から・・・・と言う一番いい時期に戦争に行かなければならなかったのですからね、それも10年間も。それでも食べて行くために 必死で頑張ったと言っていました。

まず工場が無いので 他所の工場が仕事を終えて帰られた後をお借りして、真夜中に機械を一人で動かして「ものづくり」を始めたのです。
今となってはなぜ「ものづくり」を始めたのか聞く事はできません。そんな苦労をしなくても「お勤めをする」と言う方法も有ったはずです。私の知る限り、彼は「工夫」をして「もの」を生み出す事が大好きだったのだと思います。常に言っていました。「工夫をすれば 楽に良いものができる」と。

「創業者内田欣吾は創意工夫の人でした」

一番始めに作っていたのは「汁杓子(しるしゃくし)」。そうです。お味噌汁をすくう時に使うものです。
それを作っていました。
前述しましたように、戦争に10年も行っていて、そんな勉強もしていなければ 知識も経験も有りません。それでも、どうすればもっと綺麗にできるか問題は何なのかどうすればもっと早く効率的にできるか、常に考え続けていました。私など、小さな頃からずっとそのような話を聞いて育ちました。何も分からないまま彼の話を聞いていたのを覚えています。

知識も経験も無い彼は大変な苦労をしたと思います。分からない事は何でも色々な人に聞いたそうです。自分でも色々調べて、どうしても解決したい事のためには自分で機械や道具を作ってまでその問題を解決していたのですから余程ものを作る事が好きだったのでしょう。試行錯誤です。そして、決して諦めませんでした。私は、そんな話もよく分からないまま聞いてきました。

「誠実な仕事ぶりは製品に現れる」

私が若い頃あるお家に伺って、そこでお食事を頂いたときの事です。お味噌汁を注ぐのに使われていたのは父の工場で作っている杓子でした。
「あ、それ私の父の工場で作っているんですよ」
「あら、そう。これが良いんよね。同じようなのがあるけれど、これが丈夫で使い易くっていつもこの魚の印のついているのを買うんよ」と言って頂きました。

また、ある時古いお取引さんで「あんたんとこの品は物が良いから」とか「他とは出来が全然違うから」と言って頂きました。汁杓子のようなものでも、製品だけで誠実に作っていると人さんに伝わって行くんだなぁとこれらの経験で学びました。

創業者は品質に大きな自信を持っていました。

細かい所にも細心の注意を払って作っていた事、またそれを実現するだけの創意工夫をしていた事、そして何よりもものづくりが好きでならなかった事から来ていると思います。よく「安かろう、悪かろうじゃしょうがない」と言っていました。それがお客様方にも製品を通じて伝わっていたんですね。

その頃、製品ごとに名前をつけトレードマークを作っていました。沢山の可愛いラベルが残っています。
ちょっと見て頂きましょう。

こんな製品をご存知ですか?
昔はかき氷に蜜をかける時、大きなガラス瓶に入った蜜をこのような可愛い形の「シャク」ですくってタラッとまわしながら掛けていたんですよ。

ものづくりを始めた頃はそのような家庭金物という業界で仕事をしていました。
その後、時代の流れに乗って、久宝金属はホームセンター業界で仕事をするようになって行きました。そこで今でも「金属板」と「棚受」を売っています。
金属板というのは色々な種類(例えばステンレス・アルミ・銅・真鍮等)の金属の板を大きさや厚みを変えて、或いは裏に粘着剤を付けたり網状の物や穴を開けている物を取り揃えて売っているのです。それは「製品」ではなく「素材」なのですが、そこにも工夫と気配りが生きています。

工夫と気配りが生きています

例えば金属板のパッケージ。
端や角が折れたりしないよう、お客様が怪我をなさらないようパッケージに気を配っています。
色を違えて素材が何か一目で分かるようにしています。
そして、サイズごとに記号を付けていて、厚みも一目で分かるようにしています。

棚受けをご覧下さい。

筋交い(壁に付く部分と棚板に付く部分を繋いでいる斜めの棒の部分)がねじってあります。これは装飾の意味も有りますが、他にも二つとても大切な役目が有ります。

1.強度を増す
棚に物が乗ると棚は下向きに力がかかります。
それをこの筋交いが頑張って支えています。その支えをねじって棒の部分を縦にする事でその力は何倍にもなって棚を支える事ができるような工夫です。

2.取り付けやすさ
ドライバーで ねじを入れようとすると、その筋交い部分が邪魔をしてドライバーが真っ直ぐになりません。ネジ山がつぶれる可能性も有りますし、余分な力が必要になり、私達女性にはちょっと辛い作業になります。
それをこのようにねじる事で解消!! ちょうどドライバーが入って行くあたりをねじってあるので、ドライバーが真っ直ぐに入るのです!!

そんな工夫を「いかにも!」と言う感じではなく、装飾に見せている所が「みそ」なのです。

さて、久宝物語(歴史)と言いながら 余りその歴史を語っていません。
歴史そのものではなくて、創業当初から貫いて来ている「久宝の心」を書き留めています。
それこそが 業界が変わってもずっと久宝が大切にして居ているものだと思うからです。創業者が 始めたときは「家庭金物」と言う業種でした。その後、ホームセンター業界で仕事をして来ています。そして、今、レールシェルフのおかげで インテリア業界にも進んでくる事ができました。

今、私は 大阪市内に戻り、マンションで暮らしています。あまりにも計算されて 無駄無く作られているため、むしろ不自由に感じる事が有ります。
ここで暮らし始めたときは、マンションに自分を合わせて行かなくてはならないような気持ちにすらなりました。お部屋はみんな ほぼ同じですから 自分らしい暮らしをするのが難しく感じられました。

諦めない思いをしっかりサポート

けれど、やはり 諦めきれない思いが有ります。
あんな風に暮らしたい、こんな夢が有る・・・・・・・皆さんもそんな風に思っていらっしゃることでしょう。そんな「皆様の夢」に日々の暮らしが少しでも近づけますように・・・・・そんな思いでこれからも新しい製品の提案をして行きたいと思っています。
また、「こんな物が欲しい」「こんな事はできませんか?」と言うお問い合わせにも細やかにお答えして行きたいと思っています。レールシェルフはその第一歩となりました。

私達久宝金属の理念の一つはこんなものです。
「お客様のワクワクは私達のワクワク、私達の製品を使ってくださるお客様がワクワクし、その生活スタイルをも変えて行ける製品作りを目指します」

これからも皆様が「暮らしの夢」を実現して行かれるお手伝いとして行きたいと強く願い、「久宝の心」を大切にしながら日々研鑽を積んで行きたいと思っています。